無線LANは、文字通り配線のないLANです。
IEEEの802委員会のワーキンググループ11で規格が策定されていますので、
IEEE : Institute of Electrical and Electronic Engineers
電気電子学会。
1963年に米国電気学会(AIEE : American Institute of Electrical Engineers)と
無線学会(IRE : Institute of Radio Engineers)が合併して発足しました。
起源は米国ですが、現在は世界150ヶ国以上に38万人以上の会員がおり、
電気・電子分野における世界最大の学会となっています。
本部はニューヨークです。
IEEE 802.11と表記されます。
通信媒体としては、電波以外にも赤外線やレーザーについても規定されていますが、
一般には電波を使用したものが大半ですので、ここでは電波を使用したものを扱います。
なお、802.11の規格は物理層とMAC層(OSI参照モデルでのデータリンク層の下層部分)のみであり、
MAC : Media Access Control
メディアアクセス制御。
LANなどでのデータ伝送技術の方式です。
それより上位の層は有線LANと同一です。

上記のとおり、無線LAN「固有の」通信規格は物理層とMAC層のみですが、
このうちMAC層は最初に策定された802.11と、後述の802.11eの2種類で、
物理層は以下の6種類が規定されています(策定中も含む)。

・802.11
1998年7月に策定された最初の無線LAN規格で、MAC層の規格も含まれます。
MAC層は搬送波感知多重アクセス/衝突回避(CSMA/CA)方式で、Listen Before Talk、
CSMA/CA : Carrier Sense Multiple Access with Collision Avoidance
搬送波感知多重アクセス/衝突回避。
無線LANは電波を使用しますが、一部を除き免許は不要です。それは出力が非常に微弱なためですが、
そのために同一チャンネル(周波数帯域)での信号の衝突(Collision)を検出することができません。
その衝突を回避するための方式のひとつで、当該チャンネルに一定時間以上、
信号が送信されてないことを確認した上で送信を始めるという方式です。
つまり自分が送信をする前に、別の装置が送信をしていないかどうかを確かめてから送信する方式です。
物理層の規格としては、スペクトラム拡散(SS)のうち、周波数ホッピング(FHSS)方式、
SS : Spread Spectrum
スペクトラム拡散。
電波の割り当て方式のひとつです。通信を厳密に固定された単一の周波数だけで行おうとすると、
その周波数にノイズが乗った場合、通信がまったくできなくなってしまいます。
それを回避するために、周波数に幅を持たせて通信する方式です。
FHSS : Frequency Hopping Spread Spectrum
周波数ホッピング・スペクトラム拡散。
スペクトラム拡散方式のひとつです。
送受信側双方でホッピング・シーケンスという規則のもとで、高速に周波数を切り替えて通信します。
直接シーケンス(DSSS)方式、赤外線方式の3種類が規定されています。
DSSS : Direct Sequence Spread Spectrum
直接シーケンス・スペクトラム拡散。
スペクトラム拡散方式のひとつです。送信側である種の演算を行い、
通信データを乗せる周波数帯域を広くします。受信側ではその逆演算を行って元のデータに復元します。
・802.11a
1999年に策定された物理層の規格で、直交周波数分割多重(OFDM)変調方式を採用し、
OFDM : Orthogonal Frequency Division Multiplexing
直交周波数分割多重。
変調方式のひとつで、無線LANでは802.11a/g/jで使用されています。
周波数分割多重(FDM:Frequency Division Multiplexing)では、
チャンネルが低速で狭帯域であっても「並列」に送信することで高速通信を可能にしていますが、
OFDMではさらに「直交性」を利用して「重なり」を許容しています。
このため、搬送波をFDM以上に「密に」並べることができ、さらなる高速通信が可能になります。
通信速度は最大54Mbpsです。
5.2〜5.3GHz帯を使用するため、2.4GHz帯のISMバンドを使用する802.11b/gよりも干渉を受けにくいので、
ISM : Industrial, Scientific and Medical
2.4MHz前後の周波数帯域のことです。通信以外の様々な分野で使われる帯域であるため、
産業・科学・医療の英文の頭文字をとって、ISMバンドと呼ばれています。
たとえば、電子レンジでは2.45GHzが使用されています。
安定した通信が期待できますが 、電波法の制約で日本では屋外で使用できない、
802.11b/gに比べると機器が割高などの理由で、802.11b/gほどは普及していません。
なお、2005年5月に、それまでは日本独自のチャンネル割り当てだったものが、
世界標準のチャンネル割り当てに変更されました。
このためそれ以前と以後の機器では相互に通信できないものもあります。

・802.11b
1999年11月に策定された物理層の規格で、直接シーケンス(DSSS)方式をベースにCCK方式を採用し、
CCK : Complementary Code Keying
DSSSを拡張した方式です。
ノイズ耐性はDSSSに劣りますが、周波数帯域を広げることなく、高速なデータ伝送が可能になります。
802.11bが802.11より高速通信可能となった理由のひとつは、この変調方式を採用したことにあります。
実用に堪えうる11Mbpsという通信速度を実現したため、日本を含め世界中で最も普及している規格です。
2.4GHz帯のISMバンドを使用します。
・802.11g
802.11bの上位規格として2001年11月に暫定承認された物理層の規格で(正式承認は2003年6月)、
周波数帯は802.11bと同じ 2.4GHz帯のISMバンドですが、
通信方式は802.11aと同じ直交周波数分割多重(OFDM)変調方式を採用することによって、
802.11aと同様、最大54Mbpsの通信速度を実現しています。
ただし、 802.11bと周波数帯が同じであるため、802.11bとの混在環境では802.11bの11Mbpsに制限されます。
・802.11j
802.11aを日本向けに手直しした物理層の規格で、日本の電波法に合わせて、周波数帯を4.9〜5.0GHzとしたものです。
jとなっていますが、特にJapanとは関係なく、タスクグループJが策定したためjとなったものです。
・802.11n
802.11a/b/gを、MIMOという手法で、さらに高速化するための物理層の規格で、
MIMO : Multiple Input, Multiple Output
通信を複数のアンテナを介して、複数の周波数で行うことによって、
トータルな通信速度を高速にする手法です。
2006年3月にDraft Ver1.0が出され、正式標準化は2007年の予定です。
高速化を道と車に例えるならば、802.11→802.11aや802.11→802.11b→802.11gは、一般道を高速道にし、
車を高速走行が可能な高性能車にする、という手法ですが、
802.11a/b/g→802.11nは車線を増やし、同時に走行可能な車の台数を増やすという手法です。

ここでは、重要な規格として802.11eと802.11iを取り上げます。
・802.11e
初期の802.11以来、2種類目のMAC層の規格で、音声・映像といった
マルチメディアデータを無線LANで適切に扱えるようにするためのQoS規格です。
QoS : Quality of Service
ネットワークにおける通信速度・遅延・再送など、総合的な「サービスの品質」、
また、その品質を「確保」することを意味します。
当初、2002年には標準化は終了すると予想されていましたが、実際に規格が確定したのは2005年10月でした。
一般のデータを伝送する場合、遅延や再送があったとしても、さほど問題にはなりません。
最終的に当該データの送受信が完結すればよいからです。
ところが、マルチメディアデータをストリームとして扱う場合、遅延や再送が頻発するようでは困ってしまいます。
IP電話で相手の声がブツブツ切れてしまったり、映画が途中で静止画になってしまったりするからです。
そこで802.11のCSMA/CAに替えて動的時分割多重接続(Dynamic TDMA)方式を採用することによって、
Dynamic TDMA : Dynamic Time Division Multiple Access
動的時分割多重接続。
ひとつの周波数を複数の送受信者で共用することを多重接続(Multiple Access)といい、
TDMAはその方法のひとつで、短時間ずつ交代で当該周波数を使用する方式です。
Dynamic TDMAではさらに、その時分割の仕方も動的に更新していきます。
マルチメディアデータを優先し、帯域を確保することで、安定した通信が行えるようにしています。
MAC層の規格ですから、802.11a/b/gのどの物理層の機器でも利用可能です。
標準化が大幅に遅れたため、それ以前に登場した無線IP電話などでは、
802.11eを先取りする形で各社独自にQoSを担保していました。
・802.11i
2004年6月に策定された無線LANでのセキュリティ確保のための規格です。
無線LANは電波を使いますから、受信装置さえあれば電波到達圏内なら誰でも受信できてしまいます。
「受信させない」ことはできません。つまり、「盗聴」が簡単にできてしまうわけです。
これでは、安全な通信はできませんから、セキュリティ対策が必要になります。
無線LANでのセキュリティ対策は大きく分けて二種類あります。ひとつは「認証」であり、もうひとつは「暗号化」です。
「認証」は正当な通信対象であるかどうかを確認することであり、「暗号化」は仮に盗聴されても、
「鍵」がなければ元のデータに復元できないようにする仕組みです。
802.11bの機器が登場し始めたころは、認証はESSID程度で(正確には認証とは言えませんが)、
ESSID : Extended Service Set Identifier
無線LANにおけるネットワークの識別子です。32文字までの任意の英数字の組み合わせを設定できます。
通常は同一のESSIDを有する機器同士のみ通信するようにしますが、
一致しなくても通信できる "ANY" という設定もあります。
ただし、セキュリティ上 "ANY" 通信を許さない機器もあります。
暗号化にはWEP方式が使用されていました。
WEP : Wired Equivalent Privacy
802.11のオプションとして規定された暗号化規約です。
暗号化の鍵は、当初40bit、後に128bitに拡張されましたが
、WEP自体に脆弱性があることが指摘され、現在では低レベルな暗号化技術とされています。
しかし、無線LANの普及と共にセキュリティ対策の重要性も高まり、またWEPの脆弱性も指摘されたため、
Wi-Fi Allianceが、暗号化方式としてTKIPを採用し、IEEE 802.1xとEAPによる認証機能も付加した
Wi-Fi Alliance
無線LAN機器の相互接続性を保証する業界団体の名称です。
1999年8月にWECA(Wireless Ethernet Compatibility Alliance)
として発足し、2002年10月に改称されました。
TKIP : Temporal Key Integrity Protocol
WEPの脆弱性を補うために策定された暗号化規約です。
一定時間ごとに暗号化の鍵を自動的に変更していきます。
IEEE 802.1x
「認証」のための規格です。
無線LANの場合、まずアクセスポイント経由で認証サーバにアクセスし、
認証が成功すると、サーバから暗号化の鍵が交付され、
以降この鍵を使用してアクセスポイント経由でネットワークと暗号通信します。
EAP : Extensible Authentication Protocol
クライアント−認証サーバ間の、認証に使用されるプロトコルです。
WPA規格を2002年10月に策定しました。
WPA : Wi-Fi Protected Access
Wi-Fi Allianceが2002年10月に策定した無線LANのセキュリティ規格です。
従来のESSIDとWEPに加えて、ユーザ認証機能としてEAPが追加され、暗号化にTKIPを採用しました。
さらに暗号化方式としてTKIPよりさらに強力なAESを採用したのがWPA2で、
AES : Advanced Encryption Standard
米国商務省標準技術局(NIST : National Institute of Standards and Technology)によって、
2001年12月に承認された暗号化方式で、ベルギーの暗号開発者Joan Daemen氏と
Vincent Rijmen氏が開発した "Rijndael" という方式が用いられています。
802.11iはWPA2と同等の内容になっています。
WPA2 : Wi-Fi Protected Access 2
WPAを拡張したもので、暗号化方式としてAESを採用しました。
一般的な無線LANにはアドホックモードとインフラストラクチャモードがあります。
アドホックモードではアクセスポイントが不要で簡便であるため、かつてはSOHO向きとされていましたが、
有線LANに接続できないためインターネットに接続できず、
また、アクセスポイントや無線LANルータの価格が劇的に下がったため、現在では規模の大小に関わらず、
大半はインフラストラクチャモードで運用されているものと思われます。
【アドホックモード】

【インフラストラクチャモード】

インフラストラクチャモードでは、クライアント機器が移動した場合でも、
ハンドオーバーによって通信対象のアクセスポイントを変更することで、
途切れることなく通信を続けることができます。

無線LANのメリット・デメリットを有線LANと比較してみましょう。
【メリット】
・配線が不要
やはりこれが一番のメリットでしょう。オフィスレイアウトを変更しても配線をし直す必要がありません。
・端末の移動が簡単
上図のハンドオーバーによって、ノートPCを手軽に持ち歩くことができます。
【デメリット】
・通信速度が遅い
802.11nによって、100Mbps以上の通信速度も実現できるようになりましたが、
やはり有線LANに比べれば通信速度は遅いです。
また、各規格の速度も「最大」であり、距離や障害物、電波状況によってはかなり遅くなります。
・セキュリティが弱い
802.11iによって、かなり堅固なセキュリティが確保できるようになりましたが、
電波を通信媒体に使う関係上、やはり有線LANに比べるとセキュリティは劣ると考えた方がいいでしょう。
このような特徴から、現状の無線LANが適しているのは以下のようなケースだと考えられます。
・実効通信速度は非常に高速である必要はなく、数Mbps〜数十Mbps程度が確保できればよい。
・高度な機密情報を扱うようなことはない。
・端末を定位置で使用するとは限らない。
・当該LAN環境が、展示会など一時的なものである。
逆に、以下の場合は有線LANが適していることになります。
・数百Mbps以上の実効速度が必要。
・極秘情報を扱う。
・端末は定位置である。
・恒久的なLAN環境である。